トピックス
給水開始100周年記念誌「仙台市水道100年のあゆみ」を作成しました
仙台市の水道がこれまで歩んできた道のりを編纂した「仙台市水道100年のあゆみ」を作成しました。詳しくは、給水開始100周年記念誌「仙台市水道100年のあゆみ」のページから。
100周年記念作品コンテストの入賞作品が決定しました
100周年記念作品コンテストの絵てがみ部門、ウォッターくん部門、写真部門の入賞作品をそれぞれ決定しました。詳しくは100周年記念作品コンテスト入賞作品のページから。
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仙台市水道100周年ロゴマークについて

きれいな「水」と杜の都仙台の自然豊かな「緑」を基調に、100thのゼロは「水滴」と「葉」を表し、自然の水の恵みをイメージしています。給水開始100周年を迎え、これからも皆様に安全安心な水道水をお届けしていくという気持ちを込めた、ロゴマークとキャッチコピーとしました。
このロゴマークを様々な媒体に掲載して、100周年を盛り上げます。
仙台市水道100年のあゆみ

創設
仙台で初めての近代水道は、広瀬川の支流である大倉川に水源を求めました。大倉川から中原浄水場へ水を運び、浄水して荒巻配水所へと送り、市内へと給水するというものでした。伝染病の心配がない安心して飲める水、産業の発展に欠かすことのできない水。人々の水道への熱い想いを受けての事業でしたが、第一次世界大戦の勃発による物資の不足と物価の高騰のため幾度となく工事は中断され、事業の完成には、予定の3倍の11年の年月を要しました。完成後、市内への給水を開始したのは大正12年3月31日のことでした。
写真:大倉川苦地取水口(中原系)

第一次拡張事業
当時は一般家庭に水道メーターが設置されておらず、いくら水を使っても同じ料金だったため、水道使用量は計画の2倍にも達しました。また、周辺町村との合併により給水区域も拡大し、新たな水源が必要となっていました。そこで、広瀬川の支流である青下川を水源とする第一次拡張事業が開始されました。
現在の青下水源地は、そのほとりに水道記念館が建てられ、水源かん養林に囲まれながら当時の建築物とともに保全されています。
写真:青下第一ダム

第二次拡張事業
第一次拡張事業が終わったのもつかの間、水の需要は年々増加し、仙台市の水不足は常態化していました。太平洋戦争が終わり、戦禍を受けた水道管の復旧を急ぎましたが、戦後の復興とともに人口は急増、水不足は解消されませんでした。
第二次拡張事業では水源を名取川に求め、富田浄水場から大年寺山配水所を経由して給水することとし、市内への給水体制の強化を図りました。
写真:富田浄水場のポンプ室

第三次拡張事業
恒久的な水不足対策として、大倉川を水源とする拡張事業は戦前から検討されていましたが、太平洋戦争の影響で中止となるなど、なかなか実施には至りませんでした。戦後、第二次拡張事業と並行し水不足への抜本的対策の検討が進められ、大倉川にダムを建設し、大量の水源水量を確保する新たな計画が策定、推進されました。大倉ダムの放流水を取り入れた水は、国見浄水場から主に市中心部へと給水され、危機的な水不足は一応の解消を見ました。
写真:建設中の国見浄水場

第四次拡張事業
昭和40年代になると、仙台市は『新産業都市』としてさらなる発展を見せ、人口の増加と産業活動の高度化、水洗トイレの普及などにより、水の需要は伸び続け、その後も増えることが見込まれていました。そこで川崎町に建設された釜房ダムの水を確保するとともに、本市最大の浄水場である茂庭浄水場を整備し、給水能力を大幅に増加させました。
写真:建設中の茂庭浄水場

第五次拡張事業
第五次拡張事業の開始当時は、東北自動車道や東北新幹線の開通効果もあり、人口の集中と産業の集積が続くことが予想されていました。さらに、昭和62年度には隣接する宮城町、泉市及び秋保町と相次いで合併し、これらの市町の上水道事業と簡易水道事業を継承することにより給水区域が大幅に拡大しました。長期的な展望で安定した給水体制を確立するため、七ヶ宿ダムを水源とする「宮城県仙南・仙塩広域水道」から水を受け入れるための施設整備を進め、平成12年に拡張事業が完成しました。
写真:七ヶ宿ダム

維持管理期
一連の拡張事業が終了した後も、施設の経年劣化と地域的な水需要への対応として配水管の更新・新設を行いながら、繰り返される地震に対応するため、管路の耐震化や応急給水に係る施設の整備、浄水施設の耐震化を進めてきました。 これまで右肩上がりで増加してきた水需要は、家庭での節水意識の浸透や事業所や工場における地下水の併用といった使用形態の変化などによりその伸びが急速に鈍化しました。将来的な人口減少などから今後の水需要が大幅に増加することが見込めなくなったため、簡易水道事業の統合や浄水場の休廃止など、経営の効率化を図ってきました。
写真:津波で流されなかった耐震管
ギャラリー
仙台市の水道事業は、人口や給水区域の拡大につれて、5回の大きな拡張事業を行っています。
今回は、第四次、第五次拡張事業及びその後の維持管理期の、貴重な資料写真をご紹介します。
第四次拡張期
建設中の茂庭浄水場
特徴の円形の着水混薬井の形が見て取れます。
完成した茂庭浄水場
完成直後の様子です。
茂庭浄水場の室内
完成直後の室内の様子です。今はこの設備より新しいものになっています。
第五次拡張期以降
建設中の七ヶ宿ダム
仙南・仙塩広域水道の水源となっているダムの建設中の様子。
旧泉市の福岡浄水場
合併により仙台市の主要浄水場となりました。
耐震管への入れ替え工事
これまでの被災経験を活かし、これからも続けてまいります。
中央配水幹線
安定給水に欠かせない重要な水道管です。
津波に流されなかった耐震管
東日本大震災直後の荒浜地区での写真です。
雪の降る中での震災被害の復旧工事
多くの方の支援を受けて復旧作業に臨みました。
これまでにギャラリーに展示したすべての写真はこちら
動画
むかしのすいどうこうじ
すいどうきょくのマスコットキャラクター・ウォッターくんが、むかしのすいどうこうじのようすをしょうかいするよ。
(お子さま向けの動画です。親子でおたのしみください。)
100周年記念式典
令和5年5月10日に、仙台国際センターにて「仙台市給水開始100周年記念式典」を開催いたしました。
多くの方々にお越しいただき、100年間の感謝をお伝えすることができました。
約300人の方々に出席いただきました。
郡市長から、長年、仙台市の水道事業の運営にご貢献をいただいた団体・個人の方々に表彰状をお贈りいたしました。
水道局が保管している貴重な写真や資料の展示を行い、100年の歴史を振り返りました。