03

仙台市在住フリーアナウンサー

03

仙台市在住フリーアナウンサー

Profile

広報PRプロデューサー
フリーアナウンサー
名久井麻利さん

元tbc東北放送アナウンサー
(2007年~2023年)

2023年2月よりフリーランスの広報・PRプロデューサー、
フリーアナウンサーとして独立。
16年間のアナウンサー経験を活かし、
メディア視点でのPRでクライアントに伴走している。
————

2011年3月11日、東日本大震災が発生した瞬間、どこで何をしていたのか、当時の状況を教えてください。

テレビ番組の撮影で気仙沼にいました。今でこそ、地震が起きたら津波の可能性にすぐ思い至りますが、当時はそうではなく。あれだけ大きな揺れが来ても、ぱっと「津波」が頭に浮かびませんでした。局内で災害時の訓練をするなど、防災意識が高いつもりだった自分でもそうでした。高台に逃げようと声が上がったものの、土地勘がなくどこへ向かえばいいかもわからない。でも、スタッフの1人がその日の午前中にロケをしていた安波山へ逃げようと提案してくれたおかげで咄嗟にそこへ避難することができました。避難してからは、街全体が波にのまれていく様子や火災が起きる様子をカメラマンと共に記録・リポートし、伝えようという使命感でとにかく必死だったことを覚えています。

————

震災を経験して、ご自身の仕事において変化はありましたか?

一言では言い尽くせないのですが、印象に残っているのは松島のある避難所のことです。
住民の方々が当番制で役割分担をしながら自宅の食材を持ち寄って料理をし、支援物資も全員に行き渡るよう工夫されていました。信じられないくらい活発で、明るい雰囲気でした。そういった事例を他の避難所に伝え、必要なものをメディアを通じて呼びかける。そんな役割を担いながら、震災前から積み上げてきた視聴者の皆さんとの関係性があってこそ聞けたお話も多く、ローカルメディアの存在意義をあらためて強く意識するようになりました。 担当していた音楽番組でも変化がありました。発災直後はインストゥルメンタルのみで、歌のある曲を流せるようになってからも、歌詞カードを一枚一枚読み込み、海や津波を連想させる言葉がないかを確認しながら選曲していました。言葉一つで誰かを傷つけてしまうかもしれないという緊張感は、今も忘れられません。

————

仙台市水道局が整備している「災害時給水栓」について、これまでご存じでしたか?また、今回体験してみて感じたことを教えてください。

水道局の水道フェアに長女と参加したとき、給水栓のブースで初めて存在を知りました。
そこで、毎日通っている長女の学校にも設置されていると知ってびっくり。保護者として度々足を運んでいる学校なのに、まったく気づいていなかったんです。現在携わっている広報の仕事で他県の給水栓を紹介したこともあり、万一のときにとても心強い存在だと感じています。知らなければ使えない。だからこそ、地域の皆さんにもっと知っていただくことが大切ですし、まずは家庭内でも話題にしていきたいと思っています。

————

ご家庭では「水の備え」として何か取り組まれていることはありますか?

いつどこで災害に遭うか分かりません。マンション暮らしということもあり、もしエレベーターに閉じ込められたら、長距離を徒歩で帰宅することになったら、と日頃から考えています。子どもが学校や幼稚園に持っていく水筒には、必要な量より多めに水を入れて持たせるようにしていますし、以前水道フェアでいただいた非常用の飲料水を持ち運べるリュックをキッチンに置いています。災害時に給水栓などで水を受け取り、自宅に持ち帰るためのもので、普段はコンパクトに畳んでおけるんです。こうした備えの一つひとつが、日常の安心につながると実感しています。

————

日常の中でできる防災について、皆さんに伝えたいことがあれば教えてください。

どんなにDXが進みテクノロジーが発達しても、備えや避難に関しては、いつの時代もアナログなことが大切だと考えています。数百年前に津波を免れた場所が地名や神社の名前として今も残っているように、高台に逃げる、命を守る場所を確保するという行動は、何百年たっても変わりません。水や保存食などのローリングストックを日常に取り入れながら、行く先々で「もしここで災害が起きたら」と、避難する場所をイメージする習慣をつけること。それも命を守ることに繋がると思います。

————

東日本大震災の発生から15年という節目を迎え、今どのような思いをお持ちですか?

震災後に長女と次女を出産し、子どもたちに何も伝えなければ本当に知らないまま大人になっていくんだ、と実感するようになりました。「風化させてはいけない」という言葉はよく聞きますが、それが綺麗ごとではなく、生活の中のリアルな危機感として迫ってきたのは、親になってからのことです。私よりもはるかに大変な経験をされた方が多くいらっしゃるので、私の経験など語っていいのだろうかとためらっていましたが、15年という節目を迎え、あの日見たこと、感じたことを些細なことでも話していこうと思うようになりました。伝える役割と責任を、改めて自覚した15年目です。

名久井麻利さんの
防災アドバイス

難しく考えない防災
— 3つのシンプルな備え

長年の震災取材を通じて痛感したのは、いざというとき本当に頼りになるのはシンプルなことばかり、ということ。難しく考えなくていい。まず水を少し多めに備えること、家族の電話番号を記憶しておくこと、どこにいても「いざとなればあそこへ」と逃げ場を思い描けること。その小さな積み重ねが、命を守る力になると信じています。

家族で見直したい
備蓄チェックリスト